先日、フラダンスの歴史について書かれている興味深い記事を見つけました。

フラの伝承してきたものを紐解くと、目に見えるものと、目に見えないものについて考えるきっかけになります。

本文の一部の抜粋です。

 

フラとは踊りを見ている人たちだけでなく、見えない存在に対しても情報を伝達する役割を担っている。

見えないものたちのほうが、生きている私たちよりもずっとたくさんいるから、そのものたちのために踊っているというほうが正しいかも。

ー見えないものとは?

フラとは、私たちが発する”湿り気”のバランスを保つための踊り。大気、海、そして私たちの体のなか、地球上のあらゆるところに水の循環がある。見えないものとは、そういう湿り気のようなものをすべてさしている。

中略

夢の中で踊りを教えることができたから、フィジカルにそこにいる必要はなかった。クムのもとで、3人で同じ夢を見て、目覚めてから教えられた踊りを踊った。

見えないものには、そういった潜在意識の力も含まれる。なぜフラの装飾品に使う素材が、メレと踊りによってきめられているのか。なぜその素材をダンサー自身が収穫し、身に着けるのか。それは、素材として使うものが神の化身であり、それらがもっているエネルギーを取り入れることで、自分自身も神の化身となるため。

 

こういう話をすると、おとぎ話のようにも、スピリチュアル論のようにもとられがちですが、笑、

私たちの生活には、昔から目に見えないものを信じている、当たり前の風習がたくさんあります。

 

神社に行って神様に手を合わせて健康や幸せをお祈りし、

お寺に行って仏様にいつも見守ってくださってありがとうとお礼を言い、

お墓参りをしてお花や食べ物をお供えし、ご先祖様にご挨拶する。

 

もしくは、罰が当たるなんて言葉もそのひとつではないでしょうか。

 

当然のようにやっているこの行為を忘れて、目に見えるものしか信じない、と言っているのはなんだか滑稽な気がしていて、

私もスピリチュアルな人間では全くないし、欲にまみれた人間のうちの一人だけれど、目に見えないものの存在は理解しています。

 

たとえば学生時代、部活動の試合中、

自分でも驚くほど最高のパフォーマンスができたことや、

いつもならとっくにスタミナが切れて息が上がっている時間帯なのに疲労を全く感じずに走り続けられたことや、

チームメイトとのコンビネーションプレーが面白いほどぴったり決まったこと。

または、火事場の馬鹿力という言葉であれば、もっとハードルが下がるかもしれません。これは経験したことがある方も多いのでは。

 

これって、見えない何かの力が、自分自身が思っている以上に、自分が力を持っている、ということを教えてくれた結果です。

限界を決めてしまっているのはいつも自分で、

欲がなくなった純粋な状態に近づいたとき、

つまり、純粋にいま取り組んでいることを楽しんでいる状態であったり、

自分の大切なものを絶対に守らなければならないときであったり。

 

私自身、高校時代の最後の試合で、そんな経験をしました。

体力は限界のはずなのに、楽しくて仕方がない、疲れを感じるどころか、まだまだ走り続けられる!今ならどんなシュートも全部決められる!

そんな自信さえ沸き起こるような体験でした。

 

それは別に神様のおかげということではないけれど、

そこに、楽しい!勝ちたい!もっと強くなりたい!チームのみんなが大好き!

そんなポジティブな考えしかないから、余計な欲や雑念がないから、

当然自分自身が引き起こした現象なのだけれど、

自分が放つポジティブなエネルギーが、本来持つ自分の未だ引き出されていなかった能力を引き起こしてくれたという経験。

目には見えないけれど確実にあるパワー。

 

こう考えれば、おとぎ話でもスピリチュアルでもなく、目には見えないけど確実にある自然界の存在は無視してはいけないものだと思えます。

 

自分たちが目に見えている以外の存在、目に見えないものの存在はあって当然だし、

何より地球や宇宙から見たときに、自分たち人間が中心に回っているというその考え自体がおこがましいことだと思えてきます。

 

自分を中心に考えてしまうから、自分で何もかもコントロールしたくなってくるし、できると過信してしまう。

コントロールできるはずだと思っているものがコントロールできなくなったときにどうしていいかわからなくなる。そもそもが自分の思い違いなのにも気がつかず。

 

また、目には見えないものが発するサインを信じることができなければ、本当に大切なものを見失ってしまうことにつながります。

たとえば、自分の心身が発するサインを無視し続けると、健康を害してしまったり、

好き、という気持ちがあるのに素直になれずに大切な人とすれ違ってしまったり。

自然のリズムを無視して人工的なものばかり摂取して、バランスを崩したり。

 

先日の記事と同じ結論に至るのですが、やはりポジティブなエネルギーはポジティブな何かを生むんです。

決してネガティブな感情を出さないように、と言っているわけでは全くなくて、ネガティブな感情を押し殺さずに受け止める、それも見えないものを無視しないことのひとつ。

受け止めたうえで浄化して、自分の中でしっかり決着をつけてから、それをポジティブなエネルギーを生み出す糧にしていくべきなのでしょう。

 

最近、そんなことを感じる体験が多いのです。

 

 

目には見えないけどちゃんとある。それを無視しない。

そして、誰かに評価されたいからではなく、私のしたいことを純粋に楽しみながら、私らしく精一杯生きる。

そのパワーが伝播して、自分を取り巻く環境から、壮大な想像ですが、地球レベルでいいエネルギーに満ちていくような気がしています。

 

んんー、なんだかとっ散らかって、うまく伝えられないのが残念。

 

さぁ、お墓参りへ!

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